「知ること」にはレベルがある。
金井、高橋(2004)『組織行動の考え方』( 10章)では、次のように述べられている。
1)知ることとは、自分の中を通った手持ちの情報が一時的に増えること(フロー)
2)知ることとは、自分の知識ベースに変化が起こること(ストック)
3)知ることとは、その気になればそのことを他の人に教えることができること
4)知ることとは、知る前と知った後で世界の見え方が変わってくること
5)知って本当に理解することとは、自分が変わること
6)知って身につくということは、その知識を使って怖がらずに、自分や自分が属するシステムを変えてみようとすること。
(このレベル6の論理の対偶にあたる表現は「システムを変えようとすることなしに、本当に役立つ知識は得られない」となる)
これはアクションラーニング、組織変革、SECIモデルなどの議論につながり、最近流行りのアジャイルやデザイン思考にもあてはまる。 これは研修業界やコンサル業界の核心概念になるはずだがこの知識を身につけている人は意外に少ないのかもしれない。
最近はやりの『両利きの経営』では、”「改善」と「イノベーション」は両立できず、簡単にイノベーションはマネジメントできない”としている。経営書のヒットからもわかる通り、「うん。そのとおり」と思われた方も多いのではないか。
これに対し、岩尾俊兵は「そもそもイノベーションは結果であり、その取り組みこそが改善というプロセスではないか」とし、イノベーション・マネジメントの可能性を次のように述べる。
一般的に、改善は現場作業者中心の小さな活動の成果の積み上げであり、それはインベーション活動ではないと思われている。
しかし、仮に改善の9割がそのような既存の改善概念の範疇にあるとしても、残りの一割がもし大規模イノベーションにつながるような工程改善や開発、事業のサプライチェーンに影響を与えるものであるとするならば、経営者はそれを見逃すべきではない。問題解決の連鎖は、大きなイノベーションにつながる可能性がある。
考えてみれば、イノベーションの種を見つけた時にそれを実行できる組織であるかどうかは、全員参加型の小さな改善活動に慣れ親しんでいる組織であることが重要な要素になり得るのではないか。
つまり、改善活動はイノベーションを発生させること寄与するのだ。やっていたのですよと。でも、その果実を得るにはもちろん工夫が必要だ。
岩尾は、完成車メーカーの調査研究から改善活動から大規模イノベーションにつなげるために必要なこととして、以下をあげる。
・イノベーションに対するビジョン
・改善をイノベーションをつなげる人材の確保
・それを実行する組織の設計
・イノベーションまでに到達する長い道のりに必要な時間を許すこと
さらに岩尾は、経営者は1割りでも1%でもそれがイノベーションへつながるなら現在の改善活動の点検が必要だと訴える。
外国から新しく意味づけられ、輸入された経営ワードに飛びつくには注意が必要だ。日本的経営が逆輸入されていることもある。それは抽象化やコンセプト提示が苦手な我が国の弱みを示してもいると岩尾は指摘する。
平成生まれの若手学者この指摘=情念に、平成を生きた産業人はどのように応えるのか。
2022年2月25日東大アウトリーチ企画 MERC丸の内院生ラウンジ 岩尾俊兵(慶應義塾大学専任講師)『 イノベーションを生む「改善」』聴講より。